広報100箇条

広報実務にヒントとなるノウハウを紹介していきます。 広報力向上に少しでも寄与できれば幸いです。

情報開示

間違いだらけの情報開示

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かつて情報開示の必要性が叫ばれたお陰か、企業の情報開示に対する姿勢は変化してきた。しかし逆に情報開示ばかりして失敗している例がある。それは政治家(政党)である。企業にコーポレートPRという考えがある様に、政治にも政党PRという発想があってしかるべきだ。最悪、選挙の時だけでも行えば良いものの、それすらされていない。その情報開示のし過ぎとはどういうことか。

企業で情報開示をする場合、トップマターは社長が、それに準ずることであれば、財務担当や開発担当役員などがそれにあたるのが一般的である。というか、どう考えても常識だ。しかし政治においてはその常識が当てはまらないようだ。党としてのトップマターは、党首が述べるはずなのだが、企業でいう役員、管理職クラスのみならず、一般社員の様な1年生議員なども平気で発言するばかりか、自身の党への批判も自由の様だ。企業は企業価値向上のために広報活動などを行うが、政治家は自身のアピール、保身のために政党の価値を下げているとしか思えない。

また開かれた政党をアピールしたいのか何をしたいのか解らないが、検討段階や中途半端な望みなど自己アピールしたいがためにメディアを通じて発信するのは如何なものかと思う。逆に国民に不安や失望を与えているということには気付かないのだろうか。政党には逆に党内への報道規制を、情報管理を徹底してもらいたいものだ。

これほど酷い例は企業にはないだろうが、社長の失言や部門長レベルの取材時のいき過ぎた発言は十分にある。情報発信は積極的に行えばプラスに働くものではない。適切な時に、適切な人が、適切に発信してこそ意味がある。政治家を見て笑っているばかりではなく、取材時の人選基準など見直してみては如何だろうか。

広報62箇条 適時、適切な方法で発信すべし


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顔の見える経営は大事

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一昔前、“顔の見える経営”という考え方が流行ったかと記憶している。その御蔭か、各社web上に社長の顔写真やメッセージを掲載しているところが非常に多くなった。加えて社長ブログなるものも登場し、会社の代表であり、顔でもある社長の発信が浸透しつつある。
では何故顔の見える経営が大事なのか。

答えは簡単である。誰が、どんな人が言っているのか解らない言葉を信用するだろうか。どんな人が作っている、行っている会社なのか見えない会社のモノやサービスに信頼を寄せられるだろうか。企業は広報活動のみならず、あらゆる情報発信を行っている。その発信元を明確にしなければ信憑性が得られないということだ。

もうひとつ、広報の根本的な考え方の一つに、“情報開示に対する姿勢”というものがある。社長が積極的に顔を露出している企業には、情報開示に対する積極性がみられる。加えて責任の所在を明確にするという要件も満たしている。
しかし、誰が、どんな人がやっているか解らない会社には、情報開示に対する姿勢も消極的に見える。有事の際も逃げられそうだ。社長が単なる引っ込み思案であったとしても、周りからすれば何か理由があって表に出てこないのではととられる可能性は少なくない。社長は公人であるのだから、気乗りしないという考え方は受け入れられない。

またあるアナリストにこんなことを聞いたことがある。“社長の話よりも、次世代を担う開発者などの若手社員の声を聞きたい”と。社長にはいつでも会え、記者と違い中長期的な視点で企業を判断するアナリストという特殊な立場の考え方かも知れないが、社長だけ露出していればステークホルダーが満足するという時代は、そう長くは続かないのではないだろうか。

広報51箇条 経営陣の露出は最低限と認識せよ!


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「良く見せる」が広報ではない

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 誰しも報道発表をした際、好意的な報道がされると気持ちが良いものである。報道したメディアに理解を得られただけでなく、またそれを見た視聴者や読者も好意的に受け止めるからだ。広報を担当していることの喜びを実感できる瞬間ではないだろうか。

しかしこの好意的な報道を獲得するのが広報の目的ではない。あくまでも広報は情報の受発信をする手段である。このことを履き違えている人は以外に多いのではないだろうか。上辺だけで良く見せたいという姿勢は、結果的に良く見られるとは限らない。むしろ逆にとられると認識しなければならないであろう。

例えば、調子の良い時だけ都合の良い事を言う友人がいたら、あなたはこの人のことを親友と思えるだろうか?何かあった際に、助けたいと思うだろうか?むしろ調子の良い奴という認識をしないだろうか。うわべだけで中身は何を考えているか解らないと思わないか?しんどい時、苦しい時にも情報発信を行い、今こういう努力をしている、まだ不十分であるがこんな結果が出てきたなどと正直に言ってくれる人の方が、信用できるのではないだろうか?

メディアリレーションも同じこと。良い時にしか話さない、都合が悪いとダンマリを決め込む、社会貢献すれば良いのだろうと事業と全く関係ないCSRをアピールする、またそのCSRがメディアに取り上げられそうになければ企画段階でボツにするなど、思い当たる節はあるのではないだろうか?
売名行為だけのCSRを行ったとしても、少なくともメディアはお見通しであるため報道はしないのであろう。

結果的に良く見られたのであれば、良いことだけを発信するのではなく、どんな時でも積極的に情報開示をしていく姿勢を見せていくことではないだろうか?

広報11箇条 広報は常に姿勢を見られていると理解せよ

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